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彼は僕を知らない、僕は彼女を知らない、この世の端と端であっても、すべての存在が等しく今という時間を生きている。
人間社会そのものを表現したかった。すべての人間は、社会の一部でありながら、その価値観も、境遇もそれぞれ異なる。いつ死ぬとわかっていながら、必死に生きている。それがとてもおもいろい事だと感じた。 |
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ガラスという素材によって、光と影という宿命的なルールは破られ、全体のシルエットがより大きな意味を持ち、光の乱反射は神秘的な印象を放つ、そうしたガラスの持つ表現の美しさや、圧倒的な素材感は、私の想像力以上の価値を語ってくれる。 |
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ガラスによる鋳造作品。その非常に高い硬度と透明度を併せ持つ素材に対し、ある種宝石に似た魅力を感じる。素材自体の主張が非常に強いため、造形とのつながり(造形に対する素材選択の必然性)が最終的に作品にとって重要となってくる。 |
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壊れたもの、潰れたもの、失ったものに魅力を感じることがある。しかし、ものを生み出すことをする者にとって、それは大きな疑問でもある。そのことから、ものの存在の「始まり」と「終わり」という二つの面を提示した。技術としてはガラス板を炉で反らせ(スランピング)、その後に円形に切った。 |
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「ルビンの盃」を例としてわかり易い。何を知覚し、どこに視点を置くかにより、ものの見え方は違う。チェコ共和国の国境の形をモチーフにした。チェコがこの形をつくったのか、周りの国々がこの形をつくったのか。ものが成立するための主体の所在について考え、一つの形とそれを取り囲む形の二つをつくった。 |
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「石膏」と「木」、「モデリング」と「カービング」という違う手法で制作した。「材質や技術が変われば形や方法は変わっていくべきである」と思いながらも、その作者の心的変容を抑制することで「でてしまう違い」という主体性を持たない変化に期待しながら制作した。 |
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